尾畠春夫 1320キロ徒歩で自宅へ!プロフィールやtwitterでの反応も

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何とも衝撃的なニュースが飛び込んできました。

 

昨年8月に山口県で行方不明となった男児を、

自主的に探しに来て、発見した尾畠春夫さんが、

東京から大分の自宅までの1320キロを徒歩で帰宅すると宣言しました。

 

東京都練馬区の貫井中学校で講演を終えた”スーパーボランティア”

尾畠春夫さんは、この日は都内に泊まり、

その後は「世界のこどもたちの幸福をねがう旅 79歳と3ケ月の挑戦」と書かれた

自作の旗を背負って、大分までの1320キロを徒歩で旅するとのことです。

 

この記事では、尾畠春夫さんの講演~たびに向かうまでの詳細と、

世間の反応、尾畠春夫さんのプロフィールなどを紹介しています。


 

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尾畠春夫 1320キロ徒歩で自宅へ!プロフィールやtwitterでの反応も…内容

昨年8月に山口県で行方不明の男児を救出した大分県日出町の“スーパーボランティア”尾畠春夫さん(79)が18日、東京都練馬区の貫井中学校で講演した。340人の全校生徒に向け「今は勉強することが義務」と激励した。

東京五輪・パラリンピックに向け、ボランティア教育に力を入れる校長の熱意に、尾畠さんが応えて実現。「ぜひ講演を」と電話や手紙での依頼を100回ほど重ねた熱意が通じた。

約50分間の講演はすべて質疑応答。生徒からの「一番大切にしていることはなんですか?」との質問に尾畠さんは「人に優しく己を小さく。これを私は常に心がけています」と答えた。

大役を終え「子供たちの目がみんな光っていた。自信を持っている証拠だ」と語り、続けて「まっすぐ自分に正直に生きてほしい。自分に自信を持って、正しいと思ったことを貫いて。五感を働かせていろんなことを体験してほしい」と熱いメッセージを送った。

新たな目標は旅だ。手作りの旗に書き込んだ「世界のこどもたちの幸福をねがう旅 79歳と3ケ月の挑戦」の文字。この日は都内に宿泊し、その後は大分の自宅までのおよそ1320キロを30日かけて徒歩で帰宅する。これからの行程は全て野宿という。19日の東京都品川区の予想最低気温は0度。そんな寒空もお構いなしで「自然に感謝する気持ちを持っていたら天気も味方してくれる」と笑い飛ばした。

大分に到着後も休むことなく、太平洋戦争末期の沖縄戦で多くの人が亡くなったガマ(洞窟)で遺骨収集を行う。「同じ日本人で70年以上眠り続けている。その人たちの遺骨を出してあげたい。長年の夢だった」と、真剣なまなざしで語った。

https://www.sponichi.co.jp/society/news/2019/01/19/kiji/20190119s00042000017000c.html

 

尾畠春夫さんは講演もお受けになっているのですね。

個人的にはとても聞いてみたいです…。

 

質疑応答形式ということで、私が聞いてみたいのは、

今までで一番過酷だったボランティアとか、

今後やろうと思っていること・夢とかですかね…。

 

こういう人を間近で見て、話を聞いたら、

きっと子どもたちも良い影響を受けると思います。

 

しかし、講演が終わったその足ですぐさま次の目標の

旅を始めるとは、バイタリティが半端ないですね…!

 

 

尾畠春夫 1320キロ徒歩で自宅へ!プロフィールやtwitterでの反応も…世間の反応

このニュースについて、世間では様々な声が飛び交っていました。

 

「このオヤッサンは ほんまに凄い人やわ! 何喰ったらこうなるんやろか?」

 

「パチンコ屋で働いてる私が言えないけど‥
生活保護、年金もらって毎日パチンコ来てる文句ばっかりセクハラばっかりの老害どもに見習ってほしいわ‥」

 

「今は勉強することが義務」直球ですね。この方は裏表がない。だから言葉に説得力がある。」

 

「人助けのためだけなら、ここまでやる必要はないと思うけど、自分への挑戦なんだろうな。
貧しくても年を取っていても楽しく生きていけるということを実践しているような。
今の日本人は貧しくなるのを恐れすぎているよね。」

 

「凄い~
こういう人ばかりなら
世界に争いがなく
軍事費も要らず
良いのにね~」

 

「同世代の年よりは、見習うべきだ
体をいたわりすぎるから
ボケるんだぞ
移動は車、ただ乗りの公共交通、たまに歩くと、金のかからないウォーキング
金は使わない、ボケてめいわく
長生きで更に迷惑ってか」

 

「小畠さん、尊敬します。日本人は敬意の表し方が金銭になりがちですが、

この方はそれを絶対に受け取りはしない。きっとこの方はボランィアではなく、

普通の事をしてるまで。それに対するお礼は有難うの言葉だけ。

すぐ調子に乗ってしまう全ての人が身を引き締めさせられます。そうなりたいけど、なれないなぁ。」

#ヤフーコメントより

 

 

 

 

皆さん、尾畠春夫さんを称賛している声がほとんどでした。

 

本当に、尾畠春夫さんには、今の日本人が忘れかけているものを

思い出させてもらっている気がします。

 

体に気をつけて、今度の旅も、その後の活動も、

ぜひ頑張って欲しいですね!


 

 

尾畠春夫 1320キロ徒歩で自宅へ!プロフィールやtwitterでの反応も…尾畠春夫とは?

尾畠春夫さんプロフィール

尾畠 春夫(79歳)

大分県国東市安岐町
ボランティア活動家(通称:スーパーボランティア)

著名な実績 大分県「ごみゼロおおいた作戦功労賞」(2012年)
環境省「平成26年度地域環境美化功績者表彰」(2014年)
大分県「日出町功労者表彰」(2018年)
大分県「大分県功労者表彰」(2018年)

#Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E7%95%A0%E6%98%A5%E5%A4%AB

 

尾畠春夫さんは、大分県東国東郡安岐町(現:国東市安岐町)に生まれました。

 

母は、尾畠春夫さんが小学校5年生時の41歳で他界。

 

7兄弟の4番目の尾畠春夫さんは、「大飯喰らいだから」という理由で

一人だけ近所の農家に小学5年生で奉公に出されます。

この時、尾畠春夫さんは「世の中なるようにしかならない。やるだけやってやろう」と心を入れ替え、

奉公先の主人や家族を親だと思い、何でも言うことを聞くという生活をしていました。

初めは「飯を喰うため」だった奉公の経験が宝になっていると感じるようになりました。

 

中学校へは4ヵ月しか通えなかったそうです。

 

中学卒業後は別府の鮮魚店の小僧となり、3年間修業の後、下関市の鮮魚店で3年間フグの勉強をします。

その後、神戸市の鮮魚店で関西流の魚のさばき方やコミュニケーション術を4年間学びました。

 

開業資金を得るために上京し、鳶・土木の会社に頼み込んで就職します。

この時の経験が、後にボランティア活動で役立つことになります。

熱心に働く尾畠春夫さんに対し会社は、残って頭になるよう懇願したものの、

尾畠春夫さんは大分に戻り、結婚、鮮魚店「魚春」を開業しました。

 

40歳から趣味で登山を始め、45歳の時に北アルプス55山を単独縦走。

2003年(63歳)からは、ホームグラウンドとしていた由布岳登山道の整備などのボランティアを開始します。

65歳の時に鮮魚店を閉店すると、本格的にボランティア活動に専念するようになります。

 

2011年3月、東日本大震災被災地の宮城県本吉郡南三陸町では、

がれきの中に埋もれた思い出の写真などを拾い集める「思い出探し隊」の隊長として約500日間活動しました。

この際、好きだった酒を止めました。

2018年8月15日に山口県大島郡周防大島町で行方不明の2才児を救出し、一躍有名になりました。

 

同年11月には「スーパーボランティア」という言葉が

「2018 ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされますが、

「当たり前のことをしていただけで、『スーパーボランティア』なんてぜんぜん思っていません」と語り、

尾畠春夫さんは受賞を辞退し表彰式にも出席しませんでした。

 

尾畠春夫さんの信念

尾畠春夫さんは、ボランティア活動をする際、軽ワゴン車に食料や水や寝袋を積み込み、

助ける側から一切力を借りないことが信条だそうです。

 

「自己完結するのが真のボランティアだ」と尾畠さんは語ります。

「もちろん対価や物品、飲食、これらは一切いただきません。

決して“してやる”ではなく、“させていただく”の気持ちで私は臨んでいます」

 

と、謙虚な姿勢でボランティアに臨んでいることが分かります。

 

そんな尾畠春夫さんは、活動費用はどのように捻出しているのでしょうか。

「私の収入は国民年金だけ。月に5万5000円です。

お金がないなと思ったら、朝ご飯だけ食べて、昼と夜は食べない。それだけのことです」

と、驚くほどのボランティア精神を語りました。

 

また、トレードマークの赤いつなぎやはちまきにも意味があるそうです。

「地味な色では元気が出ませんし、山で捜索するときは目立った方がいい。

あまり言いたくないですが、被災地ではどさくさに紛れてドロボウが出ることもある。

だから、わざと目立つ服装をしています。私は怪しい人間じゃないぞ、とね」

 

本当に徹底した信念をお持ちの尾畠春夫さん。

「人に感謝されよう」と表面的なボランティアで被災地に迷惑をかける

ボランティアもいる中、ボランティアの鏡、いや神様といっても

良いくらいの素晴らしい考えをお持ちなんだと感じました。

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